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(DIARY) 2020年1月~


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■シャーマン戦車と竹ヤリ

 「手洗いとマスクだけの防衛方法は、シャーマン戦車に竹やりで戦えという大本営のようだ。早く治療薬を開発してほしい」というメールが友人からありました。
 私たち世代は、学校のいっせい休校で仙台の孫たちを預かるとか、何年かぶりにお弁当作りに追われているとか、いろいろたいへんなようです。

 東京は一昨日45人、昨日47人の感染者とかで、いささかビックリしますが、さて今日は何人になりますか。“都市封鎖”ってどんなことかわからず、なるべく早く東京を脱出したいけど、4月後半まで病院の予定があって動きがとれません。
 肺気腫や血圧、動脈瘤や腎不全などがある私は、コロナを用心して2月末にはジムのプールを中止、近くの駒沢公園を自転車でぐるぐる回ってます。桜が満開のはずですが、今日は強風と明日からの外出自粛もあって、行ってません。例年なら花見の季節ですが、明日の週末は雨だそうで、さてどうなりますか。

 オリンピックも1年延期だそうですが、結局は中止でしょうね。来年まで薬が開発されて騒ぎが世界的に終焉するとは思えません。競技を見るのは大変楽しいですが、開催都市を持ち回りにするのは意味があるとは思いません。
 予算は世界各国が分担して、アテネあたりに恒久的なオリンピック施設を作ったらどうでしょう。世界はテレビを見ていれば十分です。 コロナ騒ぎみたいなものがアテネで起こっても、中止するのは簡単で、諦めもつきやすいとおもいます。     (3/27)
 

■9年前の3月11日

 今日の東京は20℃のポカポカ陽気で、テレビによればソメイヨシノもほころび始めたそうで、気味が悪いほどの暖かさです。9年前の3月11日もこんなに暖かかったら、ずいぶん様子が違っていたように思います。新型コロナもこの陽気と関係があるのかしらなどとテレビの前でかたずをのんで見守っています。
 ずいぶん前ですが仕事先の年配の方から「父がスペイン風邪で死んで、母親が女手一つで私を育ててくれた」という話を聞いたことがありました。改めてスペイン風邪を調べてみると、およそ100年前の1918年のインフルエンザで、このときは世界で5000万人から1億人が死亡したそうで、日本では39万人が亡くなったといいます(当時の日本の人口はおよそ5600万人)。
 スペイン風邪では高齢者の感染が多かった割には大半が生き残り、青年層に大量の死者が出たそうです。今度の新型コロナとはちょっと違うようですが、元は鳥インフルエンザの変異で、新型ウイルスも地震も予兆が見えないところが恐いです。

 しばらく前から9年前(2011年)にオリオンに書いたふる里のことを読み返しています。遠くにいてのふる里雑感で、とりとめのないメモですがあれこれが思い出されて改めて悲劇の大きさ、ふる里の大切さを痛感しています。     (3/11)

■まがき慰霊碑保存会の今年のスケジュール

 記録的な暖冬で、今年の夏やその後はどうなるのだろうと気になるところですが、
「今年は雪の降る量が極端に少なく、又気温も氷点下になる日は間垣でも何日もない、まさに極端な暖冬現象が続いた冬でした」というご挨拶とともに、第20回まがき慰霊碑保存会の報告書が届きました。
 間垣の慰霊碑は2017年10月に完成し、広大な芝生張りの敷地にたくさんの桜が植えられ、「間垣さくら広場」として整備されています。(こちら)
 今年の活動スケジュールは、まだ桜が小さくて花見行事はできないので、以下の通り、公園の清掃と草刈りや維持管理作業を中心に進められるそうです。

①3月8日(日)
 ・堤防含む広場のごみ拾い
 ・桜の木の点検、剪定、番号付け
 ・慰霊碑の清掃
②5月24日(日)
 ・堤防含む広場のごみ拾い
 ・広場芝生全面の草取り(芝より伸びている草の抜き方)
 ・広場周辺の草刈り
 ・桜の木への追肥
③7月26日(日)
 ・堤防含む広場のごみ拾い
 ・芝刈り機での芝生全面の草刈り
 ・桜の木の点検
④10月11(日)
 ・堤防含む広場のごみ拾い
 ・芝刈り機での芝生全面の草刈り
 ・桜の木の点検
※いずれも間垣さくら広場10:00集合、12:00解散。小雨決行。
 飲み物、ゴミ袋、軍手は役員会で準備。
 汚れてもよい服装で、帽子、タオル等は各自ご用意願います、とのことです。

 なお、事務局の遠藤さんが営む“まかない処 まがき”は昨年11月に民泊の許可を得たそうで、懐かしい大川、間垣の空気を吸いたい方、交流会等にぜひどうぞということでした(2部屋、最大10名様迄宿泊可能。詳細は下記まで)
 まかない処 ま が き 店主 遠藤仁雄 TEL&FAX0225-24-6237

■NKさんの思い出話 長面浦干拓計画
 
 前回2/13の項に書いた長面の従兄NKさんの思い出話のうち、長面浦干拓計画にまつわる部分を「昔語り」(こちら)のページにアップしました。
 NKさんは干拓計画を発案した永沼孝次(ナガコー)さんの3男で、大正14年生まれ。小3の頃に干拓反対の騒動に遭遇したようです。思い出には父から聞いたという干拓計画の概要も記され、なかなか興味深いです。
 計画は反対運動や資金面などで中止されたようですが、3.11まで長面浦に面して建っていたと思われる「入江湾存続の碑」は、反対運動の成功を記念した石碑だったようです。         (2/22)


■今は無人のふる里 アンバサンと入江湾存続の碑

●アンバサン

 今年もアンバサンの行事が行われたという便りを頂きました。アンバサンのことは何度かふれましたので、詳しいことは省きます。長面の祭の中でも地味な行事で、実際に通行人に墨を塗りつける行為もだんだんに遠慮するようになっているようですが、伝統の奇祭として長面の宮司さんも大切にし、地元のマスコミも毎回報じているようです。
 北野神社の宮司さんは伝統に厳格な方で、無人の長面でも各種の伝統行事をきちんと守っており、なにかで参道入口に行った時、北野神社への長い参道をお一人でブロワー(送風機)を使って落ち葉掃除をされていました。無人になった長面で「そんなに真面目にやらなくても……」と思いましたが、ひたむきな姿が印象的でした。

●入江湾保存の碑
 長面の石碑のあれこれを話し合ったときに、長面から尾の崎への塩田沿いの道端に「石碑が建っていたと思うが、あれは何の碑だった?」と思ったことがありました。
 去年の12月に、長野の穂高にいるイトコKNさんが亡くなって、一昨年の秋に会ったときに預かった『来し方の記』という草稿を改めて読んでみました。そこに幼い頃の記憶としてその碑に関連した事柄と思われることが書かれていました。
 書かれていることがその石碑に関連したことではないかと思ったのは、ジオラマづくりの記録集の長面地区の扉に「入江湾存続の碑」というのがあり、それは長面浦の干拓計画から入江を守った記念碑だと聞いた記憶があるからです。
 干拓計画が長面の永沼孝次(ナガコー)さん(故人)の発案だったことは前から聞いていましたが、KNさん(ナガコーの末息子)の遺稿にはその裏話みたいなことが書かれていました。「碑」についての直接の記述はありませんが、なるほどそういうことだったのかとうなづける記述でした。
 「入江湾存続の碑」は津波で失われたので、どういうことが記されていたのかは分かりませんが、もし干拓計画が進んでいれば今の牡蠣養殖をはじめとする漁業も、あの美しい風景もなかったわけで、歴史の面白さを感じます。いずれイトコの思い出話を「昔語りすっぺが」のコーナーにでも収録したいと思っています。         (2/13)



■長面の常盤清水、谷保の常盤清水
 羽生玄栄さんの特集のうち、「羽生凌雲が長面で暮らしていた訳」のなかに、維新後千種少将が長面を訪れ、永沼家の屋敷裏の泉を「常盤清水」と命名したというエピソードがありました。
 玄栄さんの研究をしているFSさんがお住いの国立市谷保にも「常盤清水」があるそうで、それに関するエッセーが送られてきました。特集・玄栄さんの資料編の末尾に掲載しましたのでご覧ください。(こちら)
 なお、管理人の私も4歳から小学生時代をこの「長面の常盤清水」の近くで過ごしましたので、懐かしくなってちょっと蛇足を付け加えました。(こちら)

 玄栄さんの資料編で「秋宵閑話」の原文にふれましたが、FSさんの便りには
「秋宵閑話を一通り読み終わりました。時事雑纂とは異なり、これは遺書ですね。明治32年9月に書き終わり、翌明治33年2月1日に亡くなりました。
 凄まじい執念が感じられます。病没された我が邦教君の名誉のために書き残しておきたい、と最後に書いておられます。」とありました。
 FSさんは図書館のお仕事を長くされていて、資料探索はお手の物のようです。「秋宵閑話」の原文も次のようにするとパソコンで閲覧できるようですので、関心のある方はやってみてください。
 ・東京大学史料編纂所を検索してクリック
 ・データベース検索  クリック
 ・史料の所在 所蔵資料目録データベース(Hi-CAT)  クリック
 ・キーワード:秋宵閑話を検索  クリック
 ・検索結果詳細画面で「イメージ」をクリック
こうすると106件(枚)の「秋宵閑話」原文の画像が表示されるそうです。

 また、「特集・玄栄さんのこと」では、
・「玄栄さんの京都での事、追波川と伊達水軍、永沼家とのかかわりが良く解りました。」
・「長面で桃生醫院を開いていたはず」
などの感想が寄せられています。          (02/02)


                         

■いくつかお詫びしなければならないことが
 引きつづきサイト上のデータをワードに転記していますが、その過程でいくつかの誤りが発見されたので修正しました。

●釜谷を釜屋にしていました
 まず、下に書いたように「忘しぇねがらね」の慰霊碑の写真とお名前お歳で、間垣の慰霊碑を入れ忘れていたことをお詫びしましたが、間垣のヒトボさんから「釜谷の慰霊碑」のところで、「釜谷が釜屋になってますよ」というご指摘をいただきました。ありがとうございました。さっそく見出しの部分で2か所を訂正しましたが、申しわけありませんでした。まだ他にあるかもしれません。気が付きましたら、ぜひお知らせくださるようお願いいたします。

●「大川追想」の中に消えていた部分が
 「話かたりしすぺ」の中の「大川追想」のうち、
 ・「幼き日の思い出」(かんこかなさん)
 ・「竹スキー」(松原A)
の二つが消えてしまっていました。多分昨年のサイト引っ越しの際に手違いで漏れたものと思われますが、あるいはもっと前から何か障害があったのかもしれません。
 とりあえず見られるように修正しましたので、機会がありましたら、TOPページの「大川追想」をクリックしてご覧になってください。

●音・音楽のプレーヤーが不備です
 佐々木さんの大川音頭をはじめ子どもたちの合唱や祭囃子の音が再生できなくなっています。別のサーバーに引っ越したのが原因ですが、近々、改善の方法がないかどうか検討してみます。
※ネットを見る環境によるようですが、edgeやchromeの場合はflash playerを有効にすると音・音楽が聞こえるようになりますが、もっと簡単な方法を探してみます。

 これまで拙速の書きなぐり状態だったバツですが、冊子にまとめるにあたっては少し気をつけたいと思います。校正は昔から苦手なので、あり自信はありませんけれども。
 紙の冊子はネットの画面のように、写真や図版がそれほど多くは入らないので、A5版を予定していましたが、大きくしたい地図や写真もありますので、A4版にしようかなと考えています。まだまだ先のことですが……。           (1/10)


■柄にもなく忙しかった松の内

●降順から昇順へ
 いずれオリオンが掲載してきた諸々のことをまとめてみようと思い、どんなことが書いてあったか、とりあえずこの「ふるさと風だより」を昇順に並べ替えてみました。
 「風だより」は降順(月日の順が逆)なので、ワード文書に昇順に並べ替えてみました。これはなんとか松の内1/7までに終わりましたが、作業の本番はこれからです。書きなぐりしたものを読み込んで編集にかかるわけですが、文字の量だけは相当な分量で、これを3分の1ぐらいにしたいのですが、うまくいきますかどうか。
 でも痛切に感じたことは、本当にいろいろな方にいっぱいいろいろお世話になって、さらには失礼なことを重ねてここまで続いてきたことでした。改めてお礼申し上げます。

●気が付いた間垣の慰霊碑のこと
 平成25(2013)年6月に「忘しぇねがらね」(こちら)と題して釜谷と長面の慰霊碑の写真と刻まれた犠牲者の方のお名前とお歳を掲載させていただきましたが、間垣の慰霊碑を追加するのを失念していました。
 間垣の慰霊碑については中心になって力を尽くされていたヒトボさんから、逐次ご連絡をいただいていたのに、本当に申し訳ありませんでした。「風だより」を振り返ってやっと気が付いた次第です。遅くなってすみませんが、間垣の慰霊碑の写真、それに刻まれたお名前とお歳を改めて釜谷、長面の後に追加させていただきました(こちら)ので、故人の思い出などがございましたらお寄せいただければ幸いです。                (1/7)


■あけましておめでとうございます
 何事もなく弐千弐拾年を迎えて、管理人はのんびりテレビを見て過ごしています。旧年中はありがとうございました。
 年が変わりましたので、この「風だより」も新しいページで始めようと思います。今年もよろしくお願いいたします。
●Gone With the Wind
 これは映画『風と共に去りぬ』の原題ですが、元旦に長面の敬愛する先輩から、海外に逃亡したゴーンに引っ掛けて
 「ゴーン  ウイズ ザ ウインド(風と共に去りぬ)には驚いたね。どうやって出たか、そのうち分かるかもしれぬが、遡って、帰国逮捕劇から、何かやるかと思ったが、正に映画、小説の世界だね。先が楽しみか」というメールがあり、NHKラジオのジャズ番組の予定を知らせていただきました。
 今は2日の午後、そのジャズを聴きながら新ページを作っているところです。

●オリオンのデータ整理
 震災から9年弱、おかげさまでオリオンにも様々な話題が寄せられ、10年をメドにデータを整理して冊子にまとめてみようと思いました。
 どんな話題があったか、この「風だより」を振り返るとだいたいわかるので、手始めに昨年末から年月順にワードデータに置き換えているのですが、最近のワードはやけに扱いづらくて手こずっています。
 オリオンが一度全部クラッシュしたりしたせいか、2011年の最初がどこか私にもわからなくなっていますが、ワードのデータを整理するときに修正・補足したいと思っています。
 パソコンも各種ソフトもバージョンアップするごとに扱いにくくなるのはなぜでしょう。まあ、こちらのアタマが追い付けないだけの話でしょうけど。

●テレビ漬け
 プールは休みだし東京には庭もないのでやることがなく、テレビにどっぷりつかっています。録画してあった「大和」「武蔵」「信濃」をゆっくりみたり、ニューイヤー駅伝や箱根駅伝を例年のごとく眺めています。
 それにしてもテレビはオリンピック、オリンピックとうるさいことこの上ないです。競技そのものは私も期待して見ますが、オリンピックの開催なんて百害あって一利なしです。
 おかげで東北の災害をはじめ各地各種の災害復旧がどれだけ邪魔されたかはかり知れないと思います。人件費の高騰や業者探しの困難は人々の生活を困らせています。       (1/2)                  

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