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(DIARY) 2020年1月~


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■今は無人のふる里 アンバサンと入江湾存続の碑

●アンバサン

 今年もアンバサンの行事が行われたという便りを頂きました。アンバサンのことは何度かふれましたので、詳しいことは省きます。長面の祭の中でも地味な行事で、実際に通行人に墨を塗りつける行為もだんだんに遠慮するようになっているようですが、伝統の奇祭として長面の宮司さんも大切にし、地元のマスコミも毎回報じているようです。
 北野神社の宮司さんは伝統に厳格な方で、無人の長面でも各種の伝統行事をきちんと守っており、なにかで参道入口に行った時、北野神社への長い参道をお一人でブロワー(送風機)を使って落ち葉掃除をされていました。無人になった長面で「そんなに真面目にやらなくても……」と思いましたが、ひたむきな姿が印象的でした。

●入江湾保存の碑
 長面の石碑のあれこれを話し合ったときに、長面から尾の崎への塩田沿いの道端に「石碑が建っていたと思うが、あれは何の碑だった?」と思ったことがありました。
 去年の12月に、長野の穂高にいるイトコKNさんが亡くなって、夏に会ったときに預かった『来し方の記』という草稿を改めて読んでみました。そこに幼い頃の記憶としてその碑に関連した事柄と思われることが書かれていました。
 書かれていることがその石碑に関連したことではないかと思ったのは、ジオラマづくりの記録集の長面地区の扉に「入江湾存続の碑」というのがあり、それは長面浦の干拓計画から入江を守った記念碑だと聞いた記憶があるからです。
 干拓計画が長面の永沼孝次(ナガコー)さんの発案だったことは前から聞いていましたが、KNさん(ナガコーの末息子)の遺稿にはその裏話みたいなことが書かれていました。「碑」についての直接の記述はありませんが、なるほどそういうことだったのかとうなづける記述でした。
 「入江湾存続の碑」にどういうことが記されていたのかは分かりませんが、もし干拓計画が進んでいれば今の牡蠣養殖をはじめとする漁業も、あの美しい風景もなかったわけで、歴史の面白さを感じます。いずれイトコの思い出話を「昔語りすっぺが」のコーナーにでも収録したいと思っています。         (2/13)



■長面の常盤清水、谷保の常盤清水
 羽生玄栄さんの特集のうち、「羽生凌雲が長面で暮らしていた訳」のなかに、維新後千種少将が長面を訪れ、永沼家の屋敷裏の泉を「常盤清水」と命名したというエピソードがありました。
 玄栄さんの研究をしているFSさんがお住いの国立市谷保にも「常盤清水」があるそうで、それに関するエッセーが送られてきました。特集・玄栄さんの資料編の末尾に掲載しましたのでご覧ください。(こちら)
 なお、管理人の私も4歳から小学生時代をこの「長面の常盤清水」の近くで過ごしましたので、懐かしくなってちょっと蛇足を付け加えました。(こちら)

 玄栄さんの資料編で「秋宵閑話」の原文にふれましたが、FSさんの便りには
「秋宵閑話を一通り読み終わりました。時事雑纂とは異なり、これは遺書ですね。明治32年9月に書き終わり、翌明治33年2月1日に亡くなりました。
 凄まじい執念が感じられます。病没された我が邦教君の名誉のために書き残しておきたい、と最後に書いておられます。」とありました。
 FSさんは図書館のお仕事を長くされていて、資料探索はお手の物のようです。「秋宵閑話」の原文も次のようにするとパソコンで閲覧できるようですので、関心のある方はやってみてください。
 ・東京大学史料編纂所を検索してクリック
 ・データベース検索  クリック
 ・史料の所在 所蔵資料目録データベース(Hi-CAT)  クリック
 ・キーワード:秋宵閑話を検索  クリック
 ・検索結果詳細画面で「イメージ」をクリック
こうすると106件(枚)の「秋宵閑話」原文の画像が表示されるそうです。

 また、「特集・玄栄さんのこと」では、
・「玄栄さんの京都での事、追波川と伊達水軍、永沼家とのかかわりが良く解りました。」
・「長面で桃生醫院を開いていたはず」
などの感想が寄せられています。          (02/02)


                         

■いくつかお詫びしなければならないことが
 引きつづきサイト上のデータをワードに転記していますが、その過程でいくつかの誤りが発見されたので修正しました。

●釜谷を釜屋にしていました
 まず、下に書いたように「忘しぇねがらね」の慰霊碑の写真とお名前お歳で、間垣の慰霊碑を入れ忘れていたことをお詫びしましたが、間垣のヒトボさんから「釜谷の慰霊碑」のところで、「釜谷が釜屋になってますよ」というご指摘をいただきました。ありがとうございました。さっそく見出しの部分で2か所を訂正しましたが、申しわけありませんでした。まだ他にあるかもしれません。気が付きましたら、ぜひお知らせくださるようお願いいたします。

●「大川追想」の中に消えていた部分が
 「話かたりしすぺ」の中の「大川追想」のうち、
 ・「幼き日の思い出」(かんこかなさん)
 ・「竹スキー」(松原A)
の二つが消えてしまっていました。多分昨年のサイト引っ越しの際に手違いで漏れたものと思われますが、あるいはもっと前から何か障害があったのかもしれません。
 とりあえず見られるように修正しましたので、機会がありましたら、TOPページの「大川追想」をクリックしてご覧になってください。

●音・音楽のプレーヤーが不備です
 佐々木さんの大川音頭をはじめ子どもたちの合唱や祭囃子の音が再生できなくなっています。別のサーバーに引っ越したのが原因ですが、近々、改善の方法がないかどうか検討してみます。
※ネットを見る環境によるようですが、edgeやchromeの場合はflash playerを有効にすると音・音楽が聞こえるようになりますが、もっと簡単な方法を探してみます。

 これまで拙速の書きなぐり状態だったバツですが、冊子にまとめるにあたっては少し気をつけたいと思います。校正は昔から苦手なので、あり自信はありませんけれども。
 紙の冊子はネットの画面のように、写真や図版がそれほど多くは入らないので、A5版を予定していましたが、大きくしたい地図や写真もありますので、A4版にしようかなと考えています。まだまだ先のことですが……。           (1/10)


■柄にもなく忙しかった松の内

●降順から昇順へ
 いずれオリオンが掲載してきた諸々のことをまとめてみようと思い、どんなことが書いてあったか、とりあえずこの「ふるさと風だより」を昇順に並べ替えてみました。
 「風だより」は降順(月日の順が逆)なので、ワード文書に昇順に並べ替えてみました。これはなんとか松の内1/7までに終わりましたが、作業の本番はこれからです。書きなぐりしたものを読み込んで編集にかかるわけですが、文字の量だけは相当な分量で、これを3分の1ぐらいにしたいのですが、うまくいきますかどうか。
 でも痛切に感じたことは、本当にいろいろな方にいっぱいいろいろお世話になって、さらには失礼なことを重ねてここまで続いてきたことでした。改めてお礼申し上げます。

●気が付いた間垣の慰霊碑のこと
 平成25(2013)年6月に「忘しぇねがらね」(こちら)と題して釜谷と長面の慰霊碑の写真と刻まれた犠牲者の方のお名前とお歳を掲載させていただきましたが、間垣の慰霊碑を追加するのを失念していました。
 間垣の慰霊碑については中心になって力を尽くされていたヒトボさんから、逐次ご連絡をいただいていたのに、本当に申し訳ありませんでした。「風だより」を振り返ってやっと気が付いた次第です。遅くなってすみませんが、間垣の慰霊碑の写真、それに刻まれたお名前とお歳を改めて釜谷、長面の後に追加させていただきました(こちら)ので、故人の思い出などがございましたらお寄せいただければ幸いです。                (1/7)


■あけましておめでとうございます
 何事もなく弐千弐拾年を迎えて、管理人はのんびりテレビを見て過ごしています。旧年中はありがとうございました。
 年が変わりましたので、この「風だより」も新しいページで始めようと思います。今年もよろしくお願いいたします。
●Gone With the Wind
 これは映画『風と共に去りぬ』の原題ですが、元旦に長面の敬愛する先輩から、海外に逃亡したゴーンに引っ掛けて
 「ゴーン  ウイズ ザ ウインド(風と共に去りぬ)には驚いたね。どうやって出たか、そのうち分かるかもしれぬが、遡って、帰国逮捕劇から、何かやるかと思ったが、正に映画、小説の世界だね。先が楽しみか」というメールがあり、NHKラジオのジャズ番組の予定を知らせていただきました。
 今は2日の午後、そのジャズを聴きながら新ページを作っているところです。

●オリオンのデータ整理
 震災から9年弱、おかげさまでオリオンにも様々な話題が寄せられ、10年をメドにデータを整理して冊子にまとめてみようと思いました。
 どんな話題があったか、この「風だより」を振り返るとだいたいわかるので、手始めに昨年末から年月順にワードデータに置き換えているのですが、最近のワードはやけに扱いづらくて手こずっています。
 オリオンが一度全部クラッシュしたりしたせいか、2011年の最初がどこか私にもわからなくなっていますが、ワードのデータを整理するときに修正・補足したいと思っています。
 パソコンも各種ソフトもバージョンアップするごとに扱いにくくなるのはなぜでしょう。まあ、こちらのアタマが追い付けないだけの話でしょうけど。

●テレビ漬け
 プールは休みだし東京には庭もないのでやることがなく、テレビにどっぷりつかっています。録画してあった「大和」「武蔵」「信濃」をゆっくりみたり、ニューイヤー駅伝や箱根駅伝を例年のごとく眺めています。
 それにしてもテレビはオリンピック、オリンピックとうるさいことこの上ないです。競技そのものは私も期待して見ますが、オリンピックの開催なんて百害あって一利なしです。
 おかげで東北の災害をはじめ各地各種の災害復旧がどれだけ邪魔されたかはかり知れないと思います。人件費の高騰や業者探しの困難は人々の生活を困らせています。       (1/2)                  

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