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(DIARY) 2021年1月~


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■まだ10年目なのにまたグラり
 昨夕(3/20)、また大きな地震(震度5強)がありました。震源地は宮城県沖だそうですが、地図で見ると大川や雄勝のすぐ近くでマグニチュード6.9だとか。
 「今回は突然ドンと来たのでびっくりした」とKS君は言っていたが、東京は地震警報から少し遅れて微動が始まり、前回同様にユラユラと大きく揺れました。震度は4だそうですが、長野県中部も震度4とかで、南海トラフの大地震もいよいよ近いのかなと心配になります。
 3/11にはどこのテレビも東日本大震災関連の番組で、続けてみていると気分が落ち込むので、出来るだけ録画をし、神経が正常に戻ったところで逐次見直していました。まだ全部は見ていないのですが印象に残ったのはNHKの『あの日の星空』という再放送の番組で、多くの地方で3.11の夜が満天の星空だったことを初めて知りました。
 大川周辺では雪が降る寒い寒い夜だったことを聞いていたので、星空だったことは想像もしませんでした。それでもこのサイトの名が「オリオンの311の星」なのは、東京から想像して、亡くなった多くの方が星になって天空に集っているような気がしたからでした。番組の中でも多くの方が満天の星を見て慰めと勇気をもらったと語っておられましたが、地上の人工の灯りがまったく消えた時、満天の星を見て思い描くのはふる里や父母や幼なじみのことなのだなあと、改めて感じました。
 KS君によれば、大川の桜はまだで紅梅が散ったばかりだそうですが、そろそろ田植えの準備にかかるそうです。2011年の3月も今年のように暖かだったら、犠牲になられた方ももう少し少なかったのではないかと思うこの頃でした。                    (3/21)、

■ちょうど10年目に
 「夜中、枕もとの仏壇がカタカタ鳴り小刻みに揺れているのを見て飛び起きました」。すぐ亘理の妹さんや石巻の同級生に連絡してみるとたいした被害はなく安心したというFSさんのお便りがありました。
 10年ひと昔と言いますが、ちょうど10年目の2021年2月13日に大きな地震(最大震度6)がありました。私も石巻の兄、登米の姉の家に電話しましたが異常なし。針岡のKS君、福地のYHちゃんも揺れは大きかったが異常なしとのこと。福島のTN君も異常なしでしたが「思い出すなあ」と10年前の地震を振り返っていました。奥さまの手掛かりは依然無いそうです。
 テレビで各地の墓地や家屋の被害などを見て、長面の墓地を思い出し、また墓石が崩れたりしていないか文隆和尚に電話してみました。今日も長面に行っており、長面の墓石は異常がないとのことでした。一安心です。大川地区や雄勝地区の人が多く住んでいる石巻氏二子(ふたこ)の団地も地盤がしっかり固められていたようで、どこも変わったところはない、みんな元気だよと元気でした。
 たった10年なのに、またこんな大きな地震が来るなんて地球はどうなっているのだろう。コロナは少し落ち着いてきたようですが、まだまだ油断はできませんね。コロナの用心はしているつもりですが、地震の備えは何もしていません。そろそろ考えなくてはいけませんね。           (2/15)

■明治の羽生玄栄
 玄栄さんの末裔にあたるJIさんから、品川弥二郎宛の書簡と桃生醫院の印鑑についてのお便りを頂きました。じつはJIさんは一昨年の7月、帰宅途中の路上で倒れ(原因も場所も不明とのことでした)、埼玉日赤のICUに運ばれ、そのまま入院→リハビリをつづけ昨年1月に半年ぶりぐらいで退院されました。
 その際はメールを打つのもやっとという状態でしたが、明治24年に内務大臣に就任した品川弥二郎への玄栄さんの書簡があるはず、玄栄さんが医院を開いていたらしい遺品などについて話され、「体調が回復したら送ります」というメールを頂いていました。
 管理人が今年は晴れて80歳になると書いたところ、80なんてまだまだですよという元気づけのお便りとともに、上の書簡や印鑑などの資料を送っていただきました。桃生醫院はどこで誰が開業していた医院なのか、玄栄さんがなぜ八戸なのかなど分からないことが多いのですが、送られた資料を『特集 玄栄さんのこと』の末尾に収録させていただきました。(こちら)
 最近はすぐ目がかすんでパソコンはつらいのですが、冊子化のデータのほうもボチボチと進んでいます。     (1/31)


■もう1月も半ば、もう満10年がすぐ
 本当にこれが“風化”というものでしょうか。今年はお正月以来これまで、オリオンの更新も大川村のこともほとんど忘れてトランプとバイデン、それにコロナに一喜一憂しつつテレビにしがみついていました。何の役にも立たないのにショウモナイことです。ただまあ、子供のころの長面(ながつら)をこのところ何度か夢に見ました。
 しばらく前(去年の今頃)から、オリオンの気になる話題を小冊子にまとめようと思い、とりあえずこの「ふるさと風だより」の初めから日記風の記事にリライトを始めたのですが、あれこれ思い入れの強いものが多くて難儀してました。冊子にしたいと思ったのは、ネット上のものはいつパッと消えてしまうかわからないからです。なんとかそれぞれのサワリでも冊子にしたいと思ったのですが、そのうち体調不良とかほかの野暮用とかに取り紛れて中断しています。
  満10年を迎える今年に出版できればと思っていたのですがちょっと難しくなって来年に延ばそうと考えています。今年の2月、管理人も晴れて80歳になります。コロナから見れば良い標的でしょうが、もう何が起こっても文句は言いません。何かの場合は延命治療などはせずに静かに逝きたいと思います。
 そういえばオリオンの初期のころに「太平洋戦争」「東日本大震災」という千年に一度の災厄を経験できたのは貴重なことかもしれない。二度あることは三度ある、三度目は何だろう」と書いてましたが、三度目は今のコロナかもしれませんね。まあ疫病は100年に一度らしいですが。
 最近はスマホを眺めることが多くなって、『石巻かほく』の記事をよく見ます。今日は雄勝峠や京ケ森、黒森山あたりに風力発電所ができるというニュースを見ました。日立サステナブルエナジーという会社(日立市)が2024年に着工、最大15基で総出力6万3000キロワットだそうです。早く軌道に乗って女川原発などは不要になればいいです。これ以上福島の二の舞はたくさんですから。
 コロナの陽性患者数も石巻市〇人、仙台市○○人などと出ていますが、これはもう全国しょうがないですね。気をつけてなんとか乗り切るしかないですね。    (1/20)


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