〔大川(石巻市)追想〕 昭和中期の遊びと暮し 夏


下の「盆舟」の記憶について「Old間垣boy」さんの感想が寄せられました。

盆舟の話を興味深く拝読しました。
尾の崎、長面地区だけのお盆時の
風習だったんでしょうか。入り盆、送り盆の間の3日間をご先祖様に子孫を会わせるという意味合いがあったんでしょうね。
これを読んでいてこんな事を思い巡らしました。
神の怒りを鎮める、存在を崇めさせる古代自然神への「いけにえ」の呈上。
読んだ瞬間に思いました。
燈籠流しは死者への弔いの行事ではありますが、恐らくは現世の子孫を舟で浮遊し死者の魂と会合させて弔う、こういう思いの詰まった行事だったんでしょう。いつ頃からこの行事が始まったのか興味あるところです。
可笑しかったのは海賊船のこと。どこから尾ひれが付き
まことしやかな海賊船の話しが出てきたのでしょうか。

なるほど……。私(管理人)はキャンプの変形ぐらいの子どもたちの遊びと思ってましたが、言われてみれば深い意味があったのかもしれませんね。こういう風習が、ただ「危険だから」という理由で禁止されるのは残念です。 (2013.11.22)


盆 舟
故郷のお盆は8月で、どの家も盆飾りを座敷にしつらえた。
なかでも新盆のある家は飾りもこまやかで、特別な感慨のあるものだった。
今年の故郷のお盆は、どの家にも新盆があるというようなことで、例年にもまして心が痛む夏である。

昭和20年代、私たちが子どものころ、お盆は大イベントだった。
お墓の掃除、座敷への盆棚づくり、迎え火、墓参り、和尚さんの読経、送り火……
といったことは習慣どおりに粛々と進んでいたが、子どもたちの関心は別のところにあって、
何日も前からウキウキしていた。

長面と尾の崎は長面浦の両岸にあって、だいたいどこの家もイチメェダナ(一枚棚?)という櫓こぎの小舟をもっていた。
正確な寸法はしらないが、全長4〜5メートル、巾は1メートルちょっとある。
長面浦のノリやカキの養殖、その他の漁や運搬に使うボートで、カイと長いサオかとの舟にもセットされていた。

子どもたちのお盆の楽しみは、この船の中央をムシロで囲って屋形船のようにし、3日間ほど寝泊りすることだ。
乗り込むのは、知る限りでは小学生と中学生だけで、1艘に3〜5人乗りこんだ。女子たちだけの舟もあったそうだ。
日中は浦海のあちこちを移動したり、陸に上がって買い物をしたりするが、夜は思い思いの場所の海苔シビや牡蠣だな、
浅瀬の杭などに艫綱を結んで停泊する。

いつから、どんないわれでこういう行事があるのか知らないが、海上でのキャンプなどはめっにないから、とても楽しいものだった。
夜の海面から見る長面、尾の崎の街の灯がすごく新鮮だったし、遠くに浮かぶ同様の舟から、ときどき打ち上げられる花火が海面に映ってきれいだった。

内海だから波もうねりもほとんどないが、小さいボートなので少しの風でも揺れるし、誰かが動けばそれだけでも揺れる。
ひと晩舟で眠ると、翌日は陸に上がっても体が揺れるような気がした。

ハイライトはお盆の最終日。各家が盆舟(ぼんぶね)をつくって海に流す。精霊流しとは言わず、盆舟流しと言っていたと思う。

盆舟は麦わら(稲わら?)でつくった1メートルほどの舟で、なかなか重厚で見事なものだ。
これを子どもたちの屋形船が、流れの速いところまで運んで流す。
盆舟には家の盆棚に供えられていた花や果物、お菓子、団子などが積まれていて、なにがしかの現金も添えられていた。
仏さまの帰りの路銀という意味があるのだろうが、実際には子どもたちへ駄賃である。

何軒分かの駄賃を合計するとまあまあの額になった。
その全額を握りしめて、花火を買いに行く。人気はやっぱり打ち上げ花火である。
だからその夜は、あちこちで盛んに花火が上がった。暗くて屋形船は見えないが、スーッ、スーッと尾を引く花火が、水面に映るのが幻想的だった。

遭遇したことはないが、海賊船が出るという噂もあった。櫓に櫂を何丁かふやして、猛スピードで襲ってくるのだそうだ。
もちろん驚かすのが目的の遊びだが、戦利品として花火や菓子を奪っていくという。だから「海賊船が来たら花火を水平に打とう」と話し合った。

あとで知ったが、九州や四国には盆小屋というのがあって、子どもたちだけで過ごす習わしがあったという。
また精霊流しも、形はいろいろだが舟形のものを流す地方が多かったそうだ。

屋形船はまもなく禁止になったという。理由は「危険だから」ということらしいが、私たちはまったく危険は感じなかった。

このお盆の行事を楽しんだのは、小学から中学にかけてのことだった。
いまは遊びの質も変わったが、大川小学校の子どもたちも、時代が時代だったらこんな遊びにはしゃいでいたかもしれない。
今年はどんな思いを乗せて、盆舟は沖に出ていくのだろうか。         (松原のA)

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